2004年以来となる新紙幣の肖像に青森県に所縁のあるお方がお二人も
新元号「令和」に続き、嬉しいニュースが舞い込んできましたね。
2004年以来となる新紙幣発行の知らせです。
1万円札は渋沢栄一氏、5千円札は津田梅子氏、千円札は北里柴三郎氏が肖像となると発表されました。
なんとこの一万円札の渋沢栄一氏と千円札の北里柴三郎氏は、八戸市に隣接する十和田市ゆかりのお二人なのです。
1万円札の渋沢栄一氏は、十和田市に渋沢農場を開設し、三本木原の開拓を実現することに深く貢献している人物ですし、千円札の北里柴三郎氏は、いわずと知れた十和田市内にある北里大学獣医学部の学祖です。
渋沢農場は、三本木共立開墾会社が存続の危機に陥った際、渋沢栄一氏が経済的援助をして引き継ぎ、1890年に開設した農場である。
入植者を受入れ、植林や馬の生産など農場経営を通じ、現在の市勢発展を礎を築いたが、戦後の財閥解体で1952年に解散している。
その痕跡を残すべく、渋沢農場跡地である、十和田市東二十一番町には2005年市民有志による記念碑が建てられている。
また北里大学獣医学部は1966年に創設されており、学部内の建物には、北里柴三郎の写真や胸像が展示されている。
時代は流れる
僕の幼少期、500円は貨幣ではなく、岩倉具視氏が肖像の紙幣でした。
一万円札は、長らく馴染のある諭吉さんではなく、聖徳太子だったこと深く記憶に残っております。
この頃の元号は、もちろん「昭和」です。
昭和天皇が崩御された時、小学校6年生でした。
当時大好きだったゲームセンターも、デパートも近所の駄菓子屋も全くお店を開ける気配がなく、小学生ながらに「自粛する」ということを肌で感じたことを覚えています。
5月1日から元号が「令和」になります。
いくつか挙げられた候補を拝見させていただきましたが、個人的には「令和」がいいですね。
文字が綺麗なのと、響きがおしゃれに感じます。
先日発表された通達で、平成~令和に変わる際の契約書などの解釈について、説明がありました。
少し違和感があったのは、5月1日以降であっても、仮に「平成31年5月15日」と表記して作成した契約書でも一応有効との扱いらしいです。
せっかくの新元号ですので、5月1日以降は「令和」で統一したほうがいいと個人的には思いますが、皆さんはいかがでしょうか。